AI音楽は悪いのか。DST61が肯定したいのは生成ではなく意思決定です

「AIで作った音楽は、心がないのではないか」。この疑問は雑に扱うべきではありません。むしろ、DST61が最初に向き合うべき問いです。

まず前提。AIは敵でも答えでもない

AIは表現を自動的に良くしません。逆に、AIを使ったから作品が悪くなるとも言い切れません。問題は、出てきた音や言葉を誰がどう判断するかです。

DST61の立場

AIを隠すのではなく、AIを使った後に人間が何を選んだかを見せます。

AI音楽への批判に、どう答えるか

批判の多くは「AIを使ったこと」ではなく、「なぜその表現になったのかが見えないこと」に向いています。DST61では、楽曲やビジュアルを出すだけではなく、記事として制作意図を残します。

人間の仕事として残るもの

  • 選ぶ: 何を採用し、何を捨てるかを決める。
  • 削る: 派手でも意味が弱い音や言葉を外す。
  • 意味づける: キャラクター、歌詞、世界観の中で必要な理由を作る。
  • 公開する: 作品として外へ出す責任を持つ。

DST61が肯定したいこと

DST61が肯定したいのは「AIなら何でもよい」という態度ではありません。むしろ逆です。AIで候補が増えるほど、最後に残すものへの判断は重くなります。音の強さ、歌詞の温度、キャラクターの視点、見せる順番。その全部を編集して、初めて作品になります。

リスナーに見てほしいこと

聴くときは、AIを使ったかどうかだけで止まらず、「この曲はどのキャラクターの痛みなのか」「この言葉はなぜ残されたのか」「この重いドロップは何を壊しているのか」を見てください。DST61のジャーナルは、その判断の跡を残すための場所でもあります。

タグ: AI音楽 / AI作曲 / 音楽表現 / DST61 / 制作ノート

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